「思いがけない照明の提案が、
暮らしを明るく
してくれました」

長野県飯田市・宮下様の場合

新しいセンスを取り入れながら、「この庭だけは守りたい」。

「この庭を主人がどんなに愛していたのか、気持ちがわかるようになりました」

お手入れが行き届いた玄関周りのお庭を眺めながらそう話すのは、宮下様。庭木の剪定や整備はもともとご主人の日課でしたが、ご主人が亡くなられてからは宮下様が草取りなどをしながらお庭を整えていらっしゃいます。

赤松庵とは、1代目が庭の施工を手がけてから30年来のお付き合い。

「主人の亡きあとも、この庭だけは守りたいと思ったんです。でも、どう管理したらいいかわからなくて」

そんな宮下様の思いから、今回赤松庵として2回目となるお庭の改修を承ることとなりました。
主なご要望は、玄関ポーチ横の空間と、庭門横の垣根の改修。「新しい世代のセンス」を取り入れたいとのご希望を受け、2代目が担当させていただきました。

「この庭をどんなに主人が愛していたかというのが私もすごくわかっていましたので、亡くなってからどうしようと、胸につかえたような思いがありました。この苔のお庭に、雑草を生やしてはいけない、この夫が愛した庭だけは守りたい、と……。
赤松庵さんがいらしてくださったから、私は剪定はできなくても草取りくらいはと思って、今は一生懸命やっているところです」

亡き夫が遺した庭の雰囲気を活かした
空間づくり。

今回の宮下様のお庭では、まず以下のようなご要望をいただきました。

《ご要望》

  • 玄関ポーチ脇に砂利敷と袖垣と庭石があったが、袖垣が朽ちてきたためどのように管理したら良いかわからない。
  • 庭門の横にある建仁寺垣も朽ちてきたので同じ大きさの別のものに交換したいが、老後の事も考え、極端に予算を掛けることはできない。
  • デザインは、新しい感覚を取り入れたものでお任せしたい。

これを受け、赤松庵ではこのように施工を行いました。

  • 玄関ポーチ横の砂利の下には防草シートを敷設し、古材を使用したオブジェと照明を設置
  • 庭門の脇の袖垣を人工御簾垣に交換

そして、亡きご主人様が大切にされていた庭の雰囲気を活かした空間づくりのため、できるかぎり想いを引き継ぎ、遺されたものを生かしたデザインを考案。今回は建て替え前の古い家の基礎に使われていた石材を使うことで、新しい施工もかねてからの意匠に寄り添うものとなる工夫を施しました。

庭門脇で傷んできていた袖垣(建仁寺垣)は、宮下様のご意向に沿った管理のしやすい人工の御簾垣に。すでにある空間にしっくりとなじむ色や質感に配慮し、風合いを感じる煤竹色のものを選びました。

そして今回、もっとも大きなポイントとなるご提案は、照明です。
光(照明)を中心として、古材の石をサークルになるように配したのは、過去から未來へと広がる光を表現したもの。ご主人様との思い出を大切にする優しいお気持ちを、家の顔となる玄関に象徴的に表したいと考えました。

「あそこにライトをつけたいとおっしゃってくださった時は、そんなに玄関は使ってないし、私はいいよって言ったと思うんです。でも豊さん(2代目)は、『これがあると必ずよくなる』って。断ったにもかかわらず、つけてくださいましたね。それが今は、本当によかったという思いがしているんです。
暗くなってから帰ってきたときに、この明かりが見えるとすごくホッとする。とくにこの冬は、そんな思いがずっとしていました。ありがとうございました」

「朝晩お庭をぐるっと一周するのが、今の癒しの時間です」

庭の改修後、これまでとは暮らしのリズムが変わったと話す宮下様。

「今まで、庭を見て歩くなんてほとんどなかったけれど、改修後は朝晩、必ずお庭をぐるっと一周して、見ているんです。そうすると、一本でも草が気になる、落ち葉が気になる、と、ちょっとずつですけれど、手を入れるようになってきました。
主人が亡くなって4年になりますが、『なぜ、この樹を愛していたんだろう』とか、それまでわからなかったことが、少しずつわかるような気がしています。

最初は『しなきゃいけない』という気持ちでやっていたのに、今ではもう毎日見て歩かないと気が済まないという感じ。『ああ、主人もきっとこういう気持ちで朝晩やっていたんだろうな』と、よく分かるようになりました。手入れはそんなにできないけれど、見て回るくらいはできるかなと思って、毎日少しずつ繰り返しています」

ご自身の満足はもちろん、お庭に関心のあるご友人も褒めてくださる、と笑顔を見せる宮下様。

「うちはお友達をしょっちゅう呼んだり、いろんな方が見えてくださるんですけど、関心のある方は『いい庭だね』って。それはちょっと嬉しいですよね。

お庭づくりって、庭を愛するという気持ちが根底にないと、難しいと思うんです。けれど私も、最初からそうだったわけではなくて。自分で手入れをしているうちに、一本一本の木の変化がわかるようになるし、楽しくなる。庭を見て歩くことが私にとっての癒しになっています」